かれこれ8年以上になるメインサイトの主サーバー。データベースMySQLが古いせいか現Wordpressとの相性が悪い。
それに以前から重いのが気になっていたのでこの際引越することにした。
これで、少しは軽くなったかな・・
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かれこれ8年以上になるメインサイトの主サーバー。データベースMySQLが古いせいか現Wordpressとの相性が悪い。 それに以前から重いのが気になっていたのでこの際引越することにした。 これで、少しは軽くなったかな・・ 21日の金曜日から横浜→銀座→千葉へといつものルート出張をしてきてた。いつもなら、5月頃に上京するのだが、今回は、友人の個展が3箇所も重なっていたこともあり、この時期の上京となった。 一人は、38年来の友人「小西修」の写真展『東京の猫-かたわらの命』が文京シビックセンターで開催されている。山陽-新名神-東名高速道路を走りきった車を銀座6丁目に駐車して、丸の内線で後楽園まで行き、地上に出た所がこの会場だ。 「小西修」はフリーカメラマン。既に夫婦で多摩川河川敷の猫を21年間もボランティアで面倒を見ている。今回は、「変貌続ける大都市に住む猫を撮り続ける太田威重と、多摩川河川敷に生きる猫を撮り続ける小西修による二人展」である。会場には、二人の展示された写真。そしてこれまで撮影した多摩川の猫たちのポストカードや2012年のカレンダーも販売されている。このカレンダー制作に携わった私としては、できるだけこのポストカードや2012年カレンダーが売れて欲しいと願っている。これらの売上は全て、多摩川河川敷に捨てられた猫達の病気、ケガの治療費・不妊去勢手術代として必要なのだ。 今回の写真展は昨日27日でクローズとなったが、今年の暮になるが興味ある方は、12月25日(日)~30日(金)に東京駅の地下街にある「ギャラリー八重洲・東京」で「多摩川の猫 河川敷に生きる面貌-11」が開催されるので是非見て欲しい。尚、この展覧会場では津波古真人の「沖縄のキジムナー」 展も同時開催となる。私も出来れば上京したいと思っているが・・今のところ予定は未定・・。 さて、丸の内線で再び銀座6丁目の「GINZAギャラリーアーチストスペース」へ・・ここで開催はひぐちいくと津波古真人のコラボレーション「IKU&MASATO展」だ。「ひぐちいく」さんはこれと同時に「ギャラリーミハラヤ」で企画展開催中。津波古氏と伴に「歩行者天国」の中央通りを6丁目から1丁目まで歩いて「ギャラリーミハラヤ」に向かった。どんよりとした曇空。空模様が良くないこともあってか、人数はあまり多くない。この季節、昼過ぎになれば陽の傾きは早く並木通りのビルの谷間がなんだか肌寒く思える。 毎回、津波古氏のDMを制作している関連で、今回「ひぐちいく」さんとも面識を持ったが、この方はとてもバイタリティのある女性。もともとは彫刻家。既に40年近くニューヨークに住んで、現地を中心に活躍しているが、アメリカ内外で精力的にエキシビションしている。この1月に津波古氏がオレゴンのグランパスの大学で企画展開催したのも、この方の縁がきっかけだった。 最終日のこの日は、「アーチストスペース」撤収作業を終えれば、「ひぐちいく」さんも千葉の津波古氏アトリエに招いて、打ち上げの予定。その影響で今回は自転車を持参しなかったのだ。ところが、急遽「ひぐちいく」さん疲労困憊で千葉行きは取りやめとなった。仕方なくいつものY氏と伴に千葉のアトリエに直行。私も長時間長距離(1000km)の運転で疲労困憊・・。遅くまで津波古氏そしてY氏と3人でウダウダ焼酎を飲んでいたが、皆疲れ気味で珍しく今回は12時前には皆就寝だった。 明けて、23日。この千葉の山中の亀山湖畔に居を構える静氏のログハウスに行った。ところがいつもは土日に川崎から来ていた静氏なのだが、最近高齢の母さまの状態が良くないらしく、既に金曜日に戻った後だと、ここの鶏、ヤギ、犬などの世話をしている斎藤さんが曰く。 それにしても、斎藤さん。以前はここから2キロ山中に入った荒野で小さな小屋に住んでいたのだが、地主に追い出されたらしく、この静氏のログハウスの傍にモンゴル式住居「ゲル」を建てて住んでいた。以前は山梨の山中で冬は氷点下20度にもなるという場所で山小屋生活していた方だけあって、山中とは言えここは温暖で住みやすいとの事。ただ、時々鶏が鶏がハクビシンを襲われたり、ヤギが野犬に殺されたりするからね・・と。 ところで、この隣にもログハウスがあって、川崎の幼稚園児たちが集団で遊びにくるそうだ。その時に野外学習の一貫として、一羽の鶏を園児の前でさばいて、その晩の夕食として皆で食べているとの事だ。 私たちの子供の頃には、其々の家で鶏をさばいて食するってなことは当たり前で、鶏肉を店で買うことはめったになかった。時代は変わって今や鶏をさばくのを見る機会はない。シチュエーションをわきまえることは必要だが、子供の時より「命あるものを料理して頂く」ってことを正面から見せるのは大事なことだ。 当初、一週間の滞在予定だったが、突然「シンセキニモンダイハッセイ!スグカエレ」の連絡で急遽月曜日に帰宅となった。 帰宅して、この数日間いろいろあって疲労困憊。自転車乗りたいが週末は雨か・・ 10/10体育の日。岡山国際サーキットにて「天満屋ハピータウンカップ2011」開催された。昨年に続いて今年も5時間耐久に出場したかったのだが、エントリーし忘れで、今年は已む無く撮影班として参加となった。 Team NGからは、5時間耐久に参加のadacciniさん、hondyさん、カナモリーニさん。3時間耐久に出場の藤さんの4名。そしてサーキット場で合流したイワタ夫妻と私らは撮影and応援班だ。 出場したチームメンバーは、それぞれ目的を設定して走っていたようだ。adacciniさんはあくまでトライアスロンの練習のような位置づけで、またhondyさん藤さんは昨年との比較で、カナモリーニさんは肋骨にひびが入っているのを押して、どこまで走れるか・・。それぞれが気負わずこのレースを楽しんでいたように思う。 2.3.5時間耐久レースは11:30スタート。昨年とレース内容が違っていたのは、ファミリー、ママチャリのレースとの混合スタートを避けたことだろう。そのせいもあってか、大きな落車事故はなかったようだ。同じコース内をスピード差が20~25k/hもあれば、危険極まりないのだ。出場はしたいが、レース場で競って走るってのは、落車の恐れが脳裏を掠める。 それにしてだ。5時間以上の撮影は疲れた。5時間耐久している方がいいね~。ブルベでは長時間走るが、さすがに屋外の炎天下で長時間走者を狙ってカメラのレンズを向け続けるのは勝手が違う。いや、そう思うのは、年齢のせいかの・・・ 走っていても時の経過は速いが、広いコース場を走る自転車達をショットするには、あまりにも限定されたレンズでレース場内を5時間以上もウロウロすれば、陽が沈むのも早く感じる。気がつけば、3時間耐久も終わり、5時間耐久レースもあと1時間とのアナウンス。オレンジの陽に照らされた選手が、最後の力を振り絞ってパドックピット前の走り去っていく。 レースの終了を告げるカウントダウン。次々に選手がゴールゲートに入って来る。hondyさん、カナモリーニさん。adacciniさん。疲労感を隠せぬものの、皆5時間を無事走り終えた。ここは、コースが整備され保安された場所ではあるが、危険なスピードコース。とにかく事故や怪我なく無事走り終えることができて何よりだ。 皆、疲れた顔ではあったが達成感のあるいい顔をしていた。 第20回サイクル耐久レースin岡山国際サーキット(動画) 撮影:カタヤマ
家を出て、いつもの練習コースを辿り、途中本郷方面へ入り、錦川沿いの187号へ合流した。それにしても、放射冷却のせいか、ウインドブレーカーだけでは、寒いのなんの・・・。弥栄ダムは霧が一面にかかり、谷底に向かって霧が流れ込ん出いた。いつもの練習会では、とてもお目にかかれない光景だったので、全く違う場所に迷い込んだ気がした。 益田市内に入り、海岸線を走る191号線に入る。海が見えるところにあるコンビニで弁当を買って、海を眺めながらの昼食を取った。これが今日の目的なのだ(笑 昼食を終え帰路。市内を横切り再び高津川沿いの9号線を日原まで遡る。来る時もそうだったが、日原から益田までの区間のみ、自転車には優しくない道路状態だ。山陰のメイン道路9号線ということもあって、大型トラックの往来多く、痛みが激しいのだろう。通常自転車が走る範囲が凸凹なのだ。 日原から六日市までは、比較的走りやすい道が続いている。ただ、中国山脈に向かって緩やかにな登り坂となっているので、ギヤ1枚程度は違ってくる。疲れ気味の足には、これが次第に効いてくるのだ。「山賊」のある傍示ケ峠が最高峰となる。傍示ケ峠から一気に下れば錦町。錦川に沿って187号を下るが、疲れた足が思うように回ってくれない。若干の下り坂なので35k/h程度で走りたいところなのだが、今日はおとといの疲労があるのか30k/hの巡航でぼちぼち走る。 このまま錦川に沿って岩国経由で戻ろうかとも思ったが、疲れた時は平坦よりも登り坂。と決めているので途中、左折し美和町を越えて帰宅。 《走行距離》=230km 2011.10.08練習コース 《Ave》=21km/h(休憩・食事等停止時間含む)。 《使用した飲料》=計約4リットル 《補給食》
途中、畑に寄る。2週間前に蒔いた大根の間引きをしなければならない。今では、ここら周辺では私がチームジャージのままで畑仕事をするのは、ちょっと知られた存在。まあ、チームジャージにヘルメットしたまま畑仕事しているのだから、そりゃ違和感はあるだろう。ま、そんなのはちっとも気にしてはいない。ただ、クリートが泥だらけになってしまい、詰まった泥をかき出すのが大変なるくらいだ。 大根は順調に育っていたが、カブラハバチの幼虫に葉を食べられていた。全身が黒色の小さな幼虫で、手で触ると葉からポトリと落ちて動かなくなり、まるで死んだふりをする。この幼虫が大量に増殖すると致命的な影響を受ける。無農薬栽培をしているので、農薬は使えない。見つけたら捕殺するしかないのだ。10匹程度は指先で潰したが、ちょいと心配・・。 ところどころで金木犀のほのかな香りがする。「秋」を感じさせてくれる香りだが、先週のような強い香りではなくなった。これもそろそろ終わり。中秋から晩秋へと季節は変わるのだ。心無しか沿道に舞っていた蜂も元気がない。そろそろウェアーも衣替え時だね。 午後4時。マロンの里から途中左折し広瀬方面に入り、友田から湯来温泉を目指す。が、日暮れが迫ってきたので途中でUターン。そのまま渡ノ瀬ダム辺りを周って18時ちょうどに帰宅。 《走行距離》=90km 2011.10.06練習コース 《Ave》=25.7km/h(休憩・食事等停止時間含む)。 《使用した飲料》=計約1.5リットル 《補給食》 |
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